2015年09月13日

バルセロナの夜は更けて

 サクラダファミリアからまたバスに乗り、ランチを食べた海岸沿いのレストラン街に行きました。連れていかれたのは高級そうなレストランですが、時間が早いので店はガラ空きです。こんな時間に来るのはぼくらのようなツアー団体客だけのようです。著名人が来店した記念写真がたくさん壁に貼られてました。クリントン元大統領の写真まであったのですからかなりの有名店に違いありません。
 ワインを飲み、シーフードとサラダの最後の夕食です。食べ終えるころには、サクラダファミリアの夜景を見たあとはバルで一杯やりましょうと何人かで話がまとまりました。
 レストランをでてヒルトンホテルホテルにチェックイン。グラナダパレスよりもっと豪華なツインルームで嬉しくなりました。気分よくサクラダファミリアに繰り出します。バスを降り、嘆きのファサードの前から生誕のファサードへぐるっとまわりました。テレビや写真でみ見てもこの感じはわからないと思いました。
 道路を挟んで向かい側にあるガウディ広場に移動します。ライトアップされた全景がよく見渡せました。人気の撮影スポットのようでたくさん人がいました。
 そろそろいいですか、と添乗員さんに促され、我に返ります。時間を忘れていました。はい満足しました、とぼくは頷き、バスに向かいます。
 道沿いにバルが何軒も開いてましたが、どの店にもまだあまり人が入っていません。スペインの人たちは相当な宵っ張りなのでしょうか。
 ぼくらはホテルの近くにもバルやレストランがあると聞いていたので、そのままバスでヒルトンに戻りました。教えてもらった一角に並ぶバルやレストラン、ショップを眺めながら少し歩き、小綺麗な店に入りました。ビールにワイン、そしてタパスを何皿かとって、旅の話を肴に飲みます。美味しいワインと楽しいお喋りで心地よく酔が回ってきました。こうして最後の夜は過ぎていきました。


海辺のレストラン
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夜のサクラダ・ファミリア
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ヒルトンの近くのバル
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ヒルトンの部屋から
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いよいよサクラダ・ファミリアへ

 コロニア・グエルを出た後はモンジェックの丘に行きました。見晴らしがよくて緑が多い、また1992年バルセロナ・オリンピックのメイン会場となった施設や美術館なども点在しているので、市民の憩いの場になっているようです。この日は天気がよかったのでバルセロナの市街地がよく見渡せました。サクラダファミリアもわかります。家族連れや若者たちがたくさん来ていました。小一時間ほどいてサクラダ・ファミリアに向かいました。予約時間ぴったりでないと入れないので時間調整の意味もあったのでしょう。
 バスを降りて外観が視線に入ってくると一挙にテンションが上りました。なんとすごい建物なのでしょう。どうやってこんな巨大なものを建築できたのでしょう。1882年の着工です。ガウディは二代目の建築家で1983年から1926年までライフワークとして取り組みました。現在もなお建設が継続されていることは広く知られていますが、現在担当している建築家の方は九代目にあたるそうです。
 出入口はたくさんの観光客で溢れていました。この出入口がある西側ファサード(建築の正面・デザイン)はイエスの受難を表し、東側のファサードはイエスの誕生を表しているとのことです。近づくと壁面を飾る夥しい数の様々な彫刻が間近に見えてきます。そして教会の中では、中央の立派で厳かな祭壇、上部の大きなステンドグラス、天井の装飾、様々な彫刻に目が奪われます。
 ガウディは、このサクラダ・ファミリアをキリストの誕生と死を伝える「聖書」として人々に「読んで」ほしいと考えた、と聞きました。またこの教会がブルジョワのための教会であってはならず、貧しい人々のためのものでなければならないと考えていたということです。
 もともとガウディは宗教に関心が薄かったのですが、この建築に携わるなかで信仰心に目覚めていったと言われています。晩年は教会内の仕事場に寝泊まりして夜遅くまで仕事をする苦行僧のような暮らしだったといいます。そして路面電車に轢かれて死ぬのですが、その姿はとてもみすぼらしいものだったと言われています。このようなガウディの深い宗教心、執念、生き様がこうして見ているぼくらの心を激しく揺さぶるのではないか。そんなことを思いました。
 集合時間が近づいたので出入口をくぐって外にでました。夕食のあとまた戻ってライトアップされたサクラダ・ファミリアを眺めることになっています。


モンジェックの丘
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サクラダ・ファミリア
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バルセロナのコロニア・グエル

 予定通り7時半にホテルを出てバルセロナに向かいました。天気はよく、陽射しが強い。車窓から見えるのは、ひたすらオリーブの木と葡萄の木と、小麦や向日葵の畑地です。走り始めて一時間もしたころ、今日は日曜日で道路が空いている、お昼前にバルセロナに入れそうだ、と添乗員さんがほっとしたように言いました。いよいよ最後のバルセロナ観光なので、かなり時間を気にしていたようです。こちらは気をもむこともなく窓外の風景を楽しんでいればいいのですから、ほんとツアーは楽です。それにしても今回の旅は連日好天気に恵まれありがたかった。
 海辺のレストランに十二時前に着きました。地中海沿岸リゾート地は陽射しが強く、暑い。でも湿気がないのでカラッとしています。お店のウェイターはみんな服装が洒落ていて、仕草も垢抜けて見えます。田舎町からやってきた御上りさんのように、ぼくの視線に入ってくる風景はすべて眩しかった。
 ワインが注がれてほどなくタパス料理がでてきます。どのタパスもとても美味しい。ムール貝までありました。あとで添乗員さんから聞いたところでは、ムール貝まででるのは珍しいそうです。
 ランチのあとはコロニア・グエルの観光です。ガウディの造った有名な聖堂があるのです。何も事前知識はなかったのですが、「ガウディの生涯と建築作品」http://gaudi-architectural-work.com/という素晴らしいサイトを見つけて少し理解が深まりました。ここはエウセビ・グエルという実業家が繊維業を営む労働者たちのために造ったコロニー(共同体の意)なのです。グレルは1890年、サンツに所在していた繊維工場をここに移転します。当時バルセロナで勃発していた社会紛争から隔離するためでした。そして労働者が文化的に暮らせるように、教会、学校、医療機関など必要な施設を整備していきました。その一方でモダニズムを取り入れた建物も建築しようとし、1898年、聖堂建築をガウディに依頼したのです。
 ガウディは意気に感じて早々に設計にとりかかったようです。しかし完璧なアーチ型を築くための模型実験を果てしなく続けたので着工までに10年を要し、また1914年にはサグラダ・ファミリア以外の仕事を全て断ったので、結局この聖堂は未完成でした。戦時中に破壊されたので、これらはその後に復元されたものです。

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コロニア・グエル
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2015年09月12日

ラマンチャを経てバレンシアへ

 昼まえにアルハンブラ宮殿の観光を切り上げてバスに乗り込みました。これからラマンチャ地方を経由してバレンシアまで600Kmを走ります。
 ランチはラマンチャ地方のレストランで、ピストというシチューのようなものとチキンを煮込んだ料理を食べました。それから風車の町カンポ・デ・クリプターナに寄りました。小高い丘に十基の風車が立っています。でも風車はすべて観光のためのものだそうです。ラマンチャ地方はコルドバに行く途中、プエトル・ラピセという町にも寄っりましたが、いずれもドンキホーテで観光客を呼ぼうとしているようでした。
 ランチの後さらに400Kmを走ってバレンシアに着いたのは7時を過ぎていました。今日は半分移動日のようです。夕食はレストランでパエリアがでました。食べ終えてホテルへ。この日はホリデー・インでしたが、昨日のホテルが豪華だっただけに狭苦しく感じました。明日は7時半に出発してバルセロナへ向かうので夜の観光はありません。もう旅も終盤に近づいたのです。疲れていたのでバーで飲むこともなくいつの間にかベッドで爆睡してました。そんなわけでバレンシアは通過しただけになり、少し残念でした。

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ラ・マンチャのレストラン
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カンポ・デ・クリプターナ
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バレンシアのレストラン
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ラベル:ラ・マンチャ
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歴史の重みを感じたアルハンブラ宮殿

 昨夜は七時まえにグラナダのレストランに着きました。肉料理を食べたあとチェックインしたグラナダパレスは豪華で、広いバルコニーまでついているので驚きました。ひと休みしてアルハンブラ宮殿の夜景を見にでかけます。バスは宮殿のちょうど対極の方向に位置するサクロモンテの丘にいきました。ここにある展望台から夜景を眺めるのが定番のコースになっているようです。夜景というと派手なライトで煌々と照らしだされる繁華街の景観などを想像しがちですが、このアルハンブラは柔らかい光に包まれ、幻想的に光り輝く夜景でした。
 翌朝は八時半にホテルを出ました。アルハンブラ宮殿は非常に人気があるので少しでも予約時間に遅れると入れてくれません。バスが走りだしてから、添乗員さんがほっとしましたように説明してくれました。この会社のツアーに参加したのは初めてですが、食事も観光もホント至れり尽くせりです。個人で来たらこういう観光スポットや食事の手配、移動手段の確保などは全部自分でやらなければなりませんから、とてもこんなに効率よく観光をこなしていくことはできません。それを含めて考えると旅行代金は高くないと思いました。
 入口で現地のガイドさんと合流して宮殿内に入ります。流暢な日本語を喋る美しい女性でした。今日は3Kmは歩きますからねと昨晩言われていたのですが、歩き始めるとなるほどこれは広大な敷地に建てられたものだとわかります。8世紀からイベリア半島を支配したイスラム王国が、この広大な敷地にイスラム王の住居、官庁、軍事施設からなるこの大宮殿を造りました。しかしレコンキスタ(国土回復運動)によって次第に追い詰められ、1492年ついにカトリック女王に宮殿を明け渡します。最後の王、ボアブディルは落城の際、自ら地上の楽園と呼んでいたアルハンブラ宮殿を振り返って涙したと伝えられています。
 ガイドさんの解説を聞きながら、軍事施設があるアルカサバ、王たちの生活の場であった王宮、王の別荘があるヘネラリフェを見ていきました。イスラム建築の最高峰、滅び行く王国の最後の栄華が伝わってきます。
 しかし信じられないことにこのアルハンブラ宮殿、16世紀に入ると荒廃していったのです。カルロス1世により造営のために宮殿の一部が破壊されたり、火薬庫の爆発などがあったためだと言われています。19世紀初頭には半ば廃墟のような状態だったそうです。
 そこに一人のアメリカ人作家ワシントン・アーヴィングが登場します。かれは1827年にここを訪れて感動し、アルハンブラとグラナダの歴史を素材にしたロマンチックな物語「アルハンブラ物語」を書き上げて発表しました。この著作はたちまち注目を浴び、アルハンブラ救済の声が湧き上ります。そして王室の命により大規模な修復が行なわれたのです。その彼の功績をたたえて、物語を出筆した「アービングの部屋」が宮殿内に設けられています。今ではサクラダファミリアにつぐスペインの人気観光地ですが、こんな経緯を辿ったとは驚きです。
 じっくり見れば半日かかる観光コースをぼくらは二時間強で切りあげました。でも生涯忘れられない充実した時間でした。今日はこれからラ・マンチャ地方を経て、バレンシアに移動します。


Granada Palace
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アルハンブラ夜景
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アルハンブラ宮殿
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2015年09月11日

地中海を見渡す白い村ミハス

 ミハスには二時頃に着きました。マラガの南西にあり「白い村」として有名な街だそうです。山の中腹に白塗りの家が広がっています。マラガから日帰りの観光スポットとして人気があり、近年はドイツやUKから、温暖な気候に惹かれて移住してくる人が増えたとのことです。確かにかなり暑くて陽射しが強いです。
 バスを降りるとどこからともなく金管楽器の演奏が聞こえてきました。狭い路地はたくさんの人で溢れています。今日は毎年九月に行われる守護聖女ビルヘン・デ・ラ・ペニャに捧げるお祭りの日でした。
 高台にあるレストランでランチです。スペインの名物だという「ソパ・デ・アホ(にんにくのスープ)」がでてきました。まったく匂いはなく美味しいです。その後はカジキマグロのソテー。お店のお兄さんが片言の日本語を駆使して楽しませてくれました。
 食事のあとは地中海の素晴らしい眺めを堪能できる見晴台に行って、それから街を歩きました。小さな街ですが、土産物屋がたくさんあります。ペーニャ広場にはお祭りの特設ステージが作ました。これから夜にかけてお祭りはますます盛り上がっていくのでしょう。でもぼくらはそろそろグラナダに向う時間です。再びバスに乗り込みました。


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ラベル:ミハス
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セビージャの朝

 翌日も強行日程なので八時過ぎにはホテルを出ました。まずはスペイン広場です。ここの建物は1929年の万博会場として造られました。ずいぶん立派なものです。それからアルカサル庭園、ムリーリョ公園、サンタクルス街、インディアス古文書館、カテドラルなどを歩きました。まだ早い時間なのでとても静かで、熱気あふれるアンダルシアの中心街という気がしません。夜になると街はまた違う表情を見せるのでしょうが仕方ありません。今日はミハスに寄ってグラナダまで行く400Kmの行程です。ぼくらはまたバスに乗ってミハスに向かいました。


スペイン広場
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コンスティトゥシオン通り
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スペインのトラム
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インディアス古文書館
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アルカサル
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サンタクルス街
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2015年09月10日

セビージャ夜は圧巻のフラメンコ

セビージャのホテルには六時半頃に着きました。TRH ラ モティラ ホテル(TRH La Motilla Hotel)は郊外に位置しているようで、すぐ隣にアウトレットとスーパーマーケットがありました。食事の前後に覗いたのですが、アウトレットには高級ブランなどはなく地味なもので、日本のアウトレットモールとは感じが違っています。スーパーでは、お昼のドライブインで買ったイベリコ豚のパテ缶詰が半額の2ユーロ強で売られていてがっかりさせれました。両方とも観光客ではなく、地元の人たちが利用しているお店のようで興味深かったです。 夕食はホテルのバッフェ。マドリードのホテルほどには豊富ではありませんでしたが、ぼくら日本人には十分でした。
 食事のあとは今夜のハイライト、フラメンコ・ショーです。迎えのバスで劇場 (El Palacio Andaluz )には開演時間九時の三十分前につきました。通されたのはステージ左、最前列から二列目の席です。それから二時間、ショーは圧巻でした。テレビでは見たことがありましたが、これが本場のフラメンコというものなのですね。生で見ないとこの感じはわからないと思いました。ダンサーは皆、女はもちろん男もたいへんな美形揃いでした。プロのダンサーには容姿も必要条件に違いないのでしょう。踊りは凄い、素晴らしい。こう言うしかありません。看板のトップダンサー男女二人が最後に見せ場を作ったあと、フィナーレはセビーリャの春祭りの踊りで、これはセビージャならではということだとか。驚いたことにぼくらが劇場の出口に行くと、なんという早業かもうトップダンサーたちがDVDやCDを手に並んでいて、笑顔で見送ってくれました。ホテルに着いても興奮冷めやらず、疲れていたのに眠りに着いたのは二時を回っていたでしょうか。素晴らしい夜でした。


TRH La Motilla Hotel
http://www.trhlamotilla.com/
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スーパー
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アウトレット
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El Palacio Andaluz
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コルドバのイスラム文化とユダヤ人街

 マドリードを八時半に出てコルドバには一時過ぎに着きました。今朝もしっかりすぎるほど朝食を食べたのでお腹は空いていません。でもそろそろビールでも飲みたくなってきました。この二日はチキン、サーモンと単純な焼物の料理が続きましたが、連れていかれたレストランで出てきたのはなかなか手が込んだ料理でした。まずはガスパッチョというトマトの冷製スープ。スペインではポピュラーなスープだそうです。今日も暑いのでとても美味しかった。そのあとハムを豚肉を巻いたうえに揚げたものが出ました。スパイスが効いていてワインに合います。結構いけました。デザートにスイカもでて満腹です。
 食事がすんで観光開始。世界遺産の「コルドバ歴史地区」を歩きます。コルドバはイスラムのウマイヤ朝が756年に首都とした街で、10世紀ごろまでは100万人が住む大都市だったそうです。イスラム教徒によって持ち込まれたギリシャ、ローマ時代の文献が多く残っていたことから、それらを学ぶいわば大学のような学校があり、学問の都市として栄えていました。その繁栄の象徴がイスラム教徒のモスク、メスキータです。10世紀末には拡張工事で数万人を収容する巨大モスクとなりました。しかし13世紀にレコンキスタでカスティージャ王国がコルドバを再征服すると、カトリック教会の教会堂に転用されます。メスキータの一部を壊し、礼拝堂を設けたりカテドラルが新設されて、メスキータはイスラム教とキリスト教、ふたつの宗教が同居する世にも珍しい建築となったのです。
 中に入ってマヨール礼拝堂の祭壇や円柱の森などを見ます。昨日トレド大聖堂を見たばかりですが、引けを取らない堂々たるものです。キリスト教徒が全て破壊しなかったのは、あまりにも素晴らしい建物だったからでしょう。宗教の壁を超えた畏敬の念を抱いたのではないでしょうか。
 メスキータを出てかってのユダヤ人街を歩きました。曲がりくねった細い道、パティオのある白壁の家並み、その白壁に飾られた花の鉢植え。こういった景色がアンダルシア地方特有のものだとのことです。“花の小径”と称される有名な路地も見たところでコルドバ観光を切り上げました。再びバスに乗り、セビリアに向かいます。

コルドバ市内
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コルドバ歴史地区
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メスキータ
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ユダヤ人街、花の小径
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コルドバとお別れ
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2015年09月09日

迷わずトレドへ行け

 中丸明さんの著作の中にこんな一節があります。
「もしも一一日しかスペインにいられないなら、迷わずトレドへ行け、とよく言われる」
 でも中丸さんは、誰が最初に言ったのかなど、由来までは書いていません。プラドをガイドしてくれた男性がトレドも案内してくれることになったのですが、この人はこの一節には触れませんでした。その代わりに、トレドは日本でいえば京都や奈良のような歴史ある街だという言い方をしました。それからエル・グレコが住んだことも強調しました。
 マドリードから70Kmを走って、バスはソコトベール広場に停車しました。高台からトレドの街全体が見渡せます。タホ川に囲まれた岩山の上に築かれたような街です。
 トレドは西ゴート王国の首都でしたが、711年にイスラム教徒に征服されます。そしてレコンキスタ(再征服運動)で1085年に再びキリスト教徒の街となります。しかし1492年に国外追放令が発せられるまで、ここではキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒が一緒に生活をしていました。だからトレドの街は様々な文化が融合して発展していったのです。
 ぼくらはバスで街中に入りました。駐車場でバスを降りて石畳の路を歩きます。狭い路地が隅々まで入り組んで迷路のようです。この街並みは16世紀の頃とあまり変わっていないとのことです。やがてトレド大聖堂に着きました。ここは今日もスペイン・カトリックの総本山、つまりカトリック寺院の中で最も権威のある大聖堂です。1226年に着工し、270年の歳月をかけて1493年に完成しました。中は広く、二十二もの礼拝堂、フレスコ画の天井、美しいステンドグラス、グレコやゴヤらの数々の名画などがあって美術館のようです。
 その後はサント・トメ教会に行きました。エル・グレコの最高傑作のひとつ「オルガス伯の埋葬」があるので非常に多くの観光客が訪れるそうです。その画を見たあと、また街中の細い路地を歩きました。刀剣類の並んだ店が目につきます。トレドは鉄製品である剣やナイフなどの生産地だそうです。闘牛で使用する剣も多くはここで作られるとのことです。
 土産物を見ているうちに帰る時間になりました。バスの待つ駐車場まで歩きながら、迷わずトレドに来てよかった、と思いました。

トレド 街の全景
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トレド大聖堂
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サント・トメ教会
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